良心の呵責と罰
2007/10/24(Wed) 00:01:25
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心に残ったのは「罪と罰」と「良心の呵責」というキーワード.
「罪と罰」に関しては,日本人と欧米人の罪に対する捉え方の違いがしっかりと区別されて描かれているなぁと思った.盲目的に集団についてゆくことで安心し,自身の行動の善悪が分からなくなる日本人と,価値観の最初に「善悪の区別」が登ってくる欧米人(クリスチャン).各個人が独立で罪の意識を感じ取ることができるクリスチャンと違い,日本人は集団の歯車として動くため,罪を罪として認識できない.特にその傾向が戦時下では顕著だったのだろう.これは多少脚色と言うか,極論的な表現かもしれないが,特定の神を意識することが少ない日本人の性質を遠からず表現していると思う.
良心の呵責に関しては,主人公の同僚の研修医戸田の中学生時代の描写に端的に示されている.良心が麻痺し,良いことが何なのか?悪いことをしたときに心が痛むとはどういうことか?そういった良心の呵責を感じることができない戸田.自分に罪の意識は無い.しかし誰だって同じ境遇に立たされたら自分と同じ行動をとるだろう?この考え,私は痛いくらい分かる気がするのだ.それは私自身,戸田と同じような思想を少年期に抱いていたからではないだろうか?性善説と性悪説.この思想を初めて学んだ時,私は迷わず性悪説の妥当性を確信した.もともと人間は卑しく,欲望的存在に過ぎない.打算無く人に優しさを与えられるわけが無い.こう考えていた.
きっかけはなんだったか忘れたが,今ではそこまで偏った考えは持ち合わせていない.しかし人と接する際に一歩引いたり,物事を傍観しがちだったりという性質は今でも見え隠れしている気がする.
さて,今の私に良心の呵責はあるのか?・・・そこはあると信じたいが.
ということで,罪の意識の不在の怖さ,そして日本人の倫理観は一体どこで生まれたのか?と考えさせられる作品でした.読むべし.






