ポーランド旅行 トルン編
2009/07/18(Sat) 18:21:27
とりあえず,町の紹介はこれでラスト!ポーランドの観光名所,街全体が世界遺産のトルン.
…しかし何で都市別にエントリを書き始めてしまったんだろうか・・・めんどい.

街の周りに立つ,ユネスコ世界遺産のフラッグ.

街の周りは城壁で囲まれている.

街の中.お土産屋とオープンカフェが街路を賑わせている.

トルンが生んだ天才,コペルニクスの家.

コペルニクスの家の隣の家の犬.

遠足で来ていた小学生.将来有望そうな美女・美男ぞろいだと思うがいかがだろうか.

いっぱい窓がある家.

へんな形の家.その昔,地面〜屋根の先端までの高さで税金が決まっていたため,
このような形の家が出てきたのだとか.

トルンを案内してくれたガイドの青年(23歳:大学生).
その可愛らしいフェイスゆえにおばちゃんたちの餌食に...
ちなみに,トルンの名物はジンジャーブレッド.写真撮るの忘れたけど...
ポーランド土産として最も人気の品の1つ.
味は駄菓子の「黒棒」に似ている.びっくりするほどウマいものでもないけど,
無難な味なので同僚や友人へのお土産に向いてます.
ポーランド旅行 ヴロツワフ編
2009/06/06(Sat) 17:06:39
クラクフ〜ポズナンに向かう間に立ち寄った街。当初は昼飯を食うだけの予定だったが、ちょっと時間が余ったので30分ほどぶらぶらした。
全く知らない街だったのだが、実は人口は63万人。
クラクフに次ぐポーランド第3の都市らしい。。。
にも関わらず、ハイウェイの標識「Wroclaw(ヴロツワフ)」が読めた人は、
ツアー参加者の中に誰一人いなかった。(含添乗員)

ポーランドではおなじみ中央市場広場。
左端には日本でもおなじみ「H & M」の看板が見える。

まぁ、特に何を見たってわけではないのだが、博物館が多いらしく、
次回行くとしたらゆっくり時間をかけて過ごしたい場所ではある。

広場の噴水。
特に有名なものではないが、センスを感じる。

街の中心に位置する市庁舎。
ゴシック様式を象徴する切り立った屋根が特徴的。
今は博物館として内部が公開されているらしい。

ちなみにここはヴロツワフ周辺の高速道路パーキングエリア。
トイレのみの非常に簡素な施設。
ちなみに、ガソリンスタンドにカフェやコンビニが併設されている個所は多く、結構便利なのだが、
PAに関しては、われわれが立ち寄ったところはどこもこんな感じだった。
ポーランドでは基本的にトイレチップが必要だが、
なぜかここの管理人らしき男性はトイレチップを要求することなく、
ずっと微笑んでトイレの中を見つめていた。。。
ポーランド旅行 アウシュヴィッツ・ビルケナウ編
2009/05/23(Sat) 18:51:46
アウシュヴィッツをはじめとする強制収容所は、第2次世界大戦中、ナチス・ドイツ占領下の土地からとらえられたユダヤ人を収容した施設として有名だが、ユダヤ人のみならず、ポーランド人、ジプシーたちも捕らえられ、連れてこられた。強制収容所に連れてこられた者は過酷な労働に従事させられた後に殺されたが、当時強制収容所は慢性的なキャパオーバーであったため、収容所に着くなり、すぐに殺された者も多かったようである。
有名なアウシュヴィッツ強制収容所は、クラクフから約50km離れた、オシフィエンチム(ドイツ読みでアウシュヴィッツ)にある。ここで殺された人の数は、百数十万人に及ぶが、戦後正確な情報公開がなされなかったことと、収容されずに続々と殺された者が相当数居たことから、正確な数は分かっていないという。

「ARBEIT MACHT FREI (働けば自由になる)」と書かれた入り口の門。
「ARIBEIT」の「B」は上下さかさまになっており、収容者のせめてもの抵抗の証とされている。

現在は、囚人棟の一部が資料館として利用されている。
ナチスが収容者から没収した、おびただしい量の衣服、トランク、靴のほか、
遺体から押収したメガネ、そして切り取られた毛髪などが展示されており、
思わず目を塞いでしまいそうな光景である。

銃殺が行われた壁。たくさんの花がささげられている。

ガス室。収容所到着後の医者による「選別」で、働くことができないと判断された女性や子供、高齢者たちは、「シャワーを浴びさせてあげる」と言われ、ここに誘導された。
使用されたガスはチクロンBというもので、通常はシラミ退治等に使われるものであったらしい。
なお、ガス室の使用は、「いかに残虐に人を殺すか」ではなく、「いかに効率的に大量殺戮を行うか」という点がクローズアップされたものであったらしい。また、遺体の償却や、遺品や毛髪の押収はナチスではなく、刑の延期と引き換えに囚人に実施させるシステムになっていたという。

敷地外にある絞首台。これは、戦後、収容所の看守の死刑に用いられた。

ローラー。収容所は戦時中も建設が進行していた。
労働者は囚人たちであり、このローラーを使用して収容所ないの道をならしていたという。

屋根がない囚人棟。
建物建築中に戦争が終わったらしい。

収容所を囲む有刺鉄線。当時は高圧電流が流れていた。
自分の運命を憂い、電線に自ら触れて自殺を図る囚人もいたそうだ。

こちらは、アウシュヴィッツ強制収容所から約2km程度離れたビルケナウ。
ここは、アウシュヴィッツよりも広大であり、九万人程度の囚人が収容されていた。
(アウシュヴィッツはピーク時二万人程度)
鉄道引き込み線が「死の門」と呼ばれる入り口ゲートへと続いており、
収容所内で行き止まりになっている。

収容所内の鉄道引き込み線跡。
花が供えられている。ここは、戦争を伝える博物館としてだけでなく、
ここで亡くなった遺族にとってはお墓としての位置づけらしい。

アウシュヴィッツは煉瓦製だったが、ビルケナウは木造の収容所である。
これは、戦局が悪化し、資金難に陥ったかららしい。

収容所内。厩舎として設計されたため、非常に粗末。
ただし、ポーランドの冬場は厳しく、囚人の凍死を防ぐため(労働力確保のため)、
暖炉が備え付けられていた。

厩舎として設計された証。
馬をつなぐ金具が壁についている。

コンクリートに穴をあけただけの便所。
ただし、自由に使用することはできず、決められた時間のみ使用を許された。

空間を効率的に使用するための3段ベッド。
1段に2名ずつ寝かせられたという。

死の門の上の看守台から見たビルケナウ内。非常に広大。

我々を案内してくださった、アウシュヴィッツ博物館の唯一の日本人専属ガイドの中谷剛さん(写真右)。穏やかながら重みのある語り口で、丁寧に説明をしてくださった。
中谷氏の著書を持参していた我が妻はサインをしていただくことができた。
同じ人間が行ったホロコーストという行為を目からも耳からも自分に焼き付けることができたことは、
非常に大きな経験であったと思う。予想以上に重かった。
さて、次回はヴロツワフなどなど。
ポーランド旅行 ヴィエリチカ編
2009/05/23(Sat) 17:06:21
ヴィエリチカはクラクフから約15kmの小さな町。ここの地下には岩塩採掘場が広がっている。
現在は採掘はおこなわれていないが、全長300km以上の規模を誇る。
採掘跡の一部は観光客向けに公開されている。
まずはエレベーターで地下に降りる。
写真を撮っとけばよかったのだが、このエレベーター、なかなかスリリングであり、
言うなれば、「天空の城ラピュタ」の冒頭に出てくる、工夫たちが使うエレベータに似ている。
(もちろん、自動化されているので安全面はラピュタとは比にならない。たぶん。)
しかし降下のスピードはかなりのもので、ちょっとしたフリーフォールである。

中はひんやりとしている。
坑内の壁・天井は木でしっかりと組まれている。

天井が高い個所はトラス構造になっていた。

一部、壁から岩塩が染み出ている個所も。
ちなみに、壁をなめることは禁止されていない。

塩でつくられた階段が残っている個所も。

日本語が話せるガイドさん。
普段は日本語を教える先生をやっていて、週末はここでガイドのバイトをやっているのだとか。
ここでもやはり、ポーランド人女性は美しい。

坑内は至る所に塩でできたモニュメントが。
これはこちらもポーランドの有名人上位に食い込む、天才コペルニクス。

地下に広々と広がる聖キンガ大聖堂。
ここは、祭壇も含め、すべてが塩でできている。
採掘場では事故が絶えなかったことから、作業員たちはここで安全を祈願した。
ちなみに、ここは撮影料10ズウォティ(350円くらい)が追加で必要。

聖堂の床は塩でできたタイルでおおわれている。

これまた塩でできたシャンデリア。
実は塩の融点は1000度以上と高温なので解けることはない。
(ただしたぶん湿気には弱い)
出口のお土産屋さんでは「塩グッズ」がならぶ。
「ポーランドっぽい土産」と言えば、ここで買える塩や、あとはトルンのジンジャーブレッドくらいらしい。
あとは琥珀や陶器なんかも有名だが、コハクはちょっと値が張るし、陶器は持ち運びが大変だし、まぁ、そもそもこの辺はどこでも買えるっちゃ買えるので・・
ということで、われわれはここでバスソルトやら食用の岩塩やらを山のように購入した。
しかし、塩が重いということは、完全に盲点であった。
このあとわれわれは、帰宅するまで塩の重さにいじめられることになる。
さて、次回はアウシュヴィッツ・ビルケナウ。
ポーランド旅行 クラクフ編
2009/05/23(Sat) 14:56:59
つづいてはクラクフ。ここは元首都。歴史的な町並みは世界遺産に登録されている。
日本でいえば、京都に近い性格を有している。
のちに紹介する、ヴィエリチカやアウシュヴィッツへの拠点にもなる。
ワルシャワから国際急行で3時間程度で到着する。

旧市街。とにかく、ヨーロッパ情緒にあふれる。

クラクフにもバルバカン(円形の砦)がある。
というか、ヨーロッパにはワルシャワ、クラクフあわせて3か所にしかないらしい。
もう1か所は不明。教えて偉い人。

バルバカンのそばでは演奏隊が。
ちなみに彼らの写真を撮るのは無料だが、自分と一緒に写真を撮ると金を要求される。

バルバカンのそばでさぼる
(ぴっちゃん様ご指摘ありがとうございます)

ここは旧市街中央市場広場。ワルシャワの市場広場よりも大規模。
向こうに見えるツインタワーは聖マリア教会。
ここでもオープンカフェが広場に広がる。ポーランドではどの街でも一般的な光景だが、
日本ではあんまり見られない光景だ。

馬車での旧市街観光も可能。観光客料金だが、乗合だとそれなりに安い。
一人頭数百円程度。

ここでも市民の足はトラム。
お分かりのとおり、クラクフのカラーは青と白。

旧式のトラムも走っている。こっちもなかなかかわいい。

レンタサイクルシステムもある。使い方はいまいちわからなかったが・・・
利用者も結構いた。

クラクフの観光名所と言ったらだいたいここ。
旧市街内の小高い丘の上にある、ヴァヴェル城。
歴代ポーランド王の居城だったらしい。
何世紀もかけて造られたため、
ゴシック様式、ルネサンス様式、バロック様式がごちゃごちゃになっている。
ちなみに写真中央のベンチに座っている男女はこのあと濃厚なキスをし始めた。

城からの眺め。
この川はヴィスワ川といい、ワルシャワに通じる。
対岸に見えるモダンな建物は、日本美術・技術センター”マンガ”館。
マンガが置いてあるわけではなく、浮世絵や漆器、着物などが展示されているらしい。
(行ってないので詳しくは知らない)

ここでもこいつがサボっている。

ここは旧市街のヤギェウォ大学。(発音しにくい)
ポーランドでもっとも古い大学。中央ヨーロッパでも最も古い大学の1つ。
近年では、前ローマ法王のヨハネ・パウロ2世、昔ではコペルニクスがここで学んだらしい。

旧市街からちょっと離れたところにあるのが、「シンドラーのリスト」で有名なシンドラーの工場。
看板がなければ絶対に気づくことはなかったであろう。
さて、次回はこれまた世界遺産のヴィエリチカ岩塩採掘場。
ポーランド旅行 ワルシャワ編
2009/05/23(Sat) 13:55:23
言わずと知れた、ポーランドの首都。人口は160万ちょっと。(ドイツの都市だと思っている人も中にはいるらしいが・・・)
現地ガイドの方が言うには「日本の名古屋と同じくらいの都市規模」らしいが、
名古屋のほうがたぶん、規模は大きい。名古屋は200万人超えてますよね?たぶん。
第2次世界大戦で8割以上が壊滅したが、
市民の努力で、「壁のひびの1本まで忠実に」復元したという話は有名。

ワルシャワ・オケンチェ国際空港(別名:フレデリック・ショパン空港。この国はとにかくショパンがいたるところで登場する)
日本からの直通便はナッシング。フランクフルトやコペンハーゲンで乗り継ぎが必要。

空港の中。開放的でセンスが良い。

ワジェンキ公園。ワルシャワ市街地にあり、ヨーロッパでもっとも美しい公園の1つらしい。
もともとは、ワルシャワ郊外の林だったらしいが、現在は公園になっている。
麻薬取り引き防止のために、夜は門が閉められる。

まず飛び込んでくるショパンの像。
たまに、この前でコンサートが開かれるのだとか。

水上宮殿。もともとは王の離宮。

空気を読んだカラス。
ちなみにこっちのカラスは頭がちょっと白い。

公園内には孔雀が生息している。ちなみに孔雀の鳴き声は猫に似ている。
これってトリビアの種に・・・(以下略
野生のリスもいるらしいが、出てきてくれなかった。残念。

所変わって、ここはワルシャワ大学。国立。
一部、もともとショパンが住んでいた家が講堂として使われている。

ワルシャワ大学の向かいには、聖十字架教会が。
これもオリジナルではなく、戦後に復元されたものらしい。

教会内には、ショパンの心臓がおさめられている。
これはもちろん、オリジナル。

場所を移して、旧市街周辺の城壁。
これが、新市街と旧市街の境。

これがバルバカン。円形の砦。

旧市街の中へ。旧市街市場広場には、たくさんのオープンカフェが並んでいる。

アイスクリームが有名らしい。広場に向かう通りにはアイスクリームショップが並ぶ。
子供達の手にもアイスクリーム。
ちなみに私の主観だが、ポーランド人は往々にして美男美女が多い。
子供達も将来楽しみな顔だちをしていません?

旧市街の真ん中には人魚像。
(コペンハーゲンの人魚姫像よりはシンボル性があるので見てもがっかりしないと思う)

広場にはこういった行商の人も多い。

旧市街の中にある、旧王宮。今は博物館になっている。

これまた旧市街にある、キュリー夫人の生家。現在は博物館になっている。

ワルシャワ蜂起記念碑。ワルシャワ蜂起45周年を記念して建てられたもの。
第2次大戦中、ワルシャワ市民がドイツ軍に対して一斉に蜂起した。映画「地下水道」の中でそのあたりの出来事が描写されているらしい(ガイドさん談)。

旧市街から離れてこちらは新市街にある文化科学宮殿。
立派な高層ビル。ランドマークとして愛されそうではあるが、
スターリン時代の建物であることと、高層建築の少ないワルシャワの景観を損ねるということもあり、
市民からの評判は良くないらしい。
ちなみに中には、映画館、大学のサテライトキャンパス・研究所、劇場などが入っている。


ちなみに市民の足は主にバスとトラム。残念ながら乗る機会はなかったが・・・
ワルシャワのシンボルカラーが赤と黄色ということで、
公共交通の色は基本的に赤と黄色に統一されている。
(時々広告入りの違う色のトラムが走っていることもあったが。)
このトラム、ある程度規模が大きい街にはどこでも走っている。
とにかく、網の目のように走っている。この面的な広がりは広島のトラムにはない。



さて、1日目・2日目でワルシャワを満喫した後は、国際列車で古都クラクフへ。
このワルシャワ中央駅、私はこれぞ共産圏の建物って感じがしたのだが、いかがだろうか。
ちなみにここの地下通路、明るいうちは大丈夫だが、夜は相当治安が悪いのだとか。
駅舎は新しいとはいえず、ホームの数も少ない。ホームはちょっと陰気。
さて、次回はクラクフ。





